| 播但連絡が使命 特急「はまかぜ」 |
| 11/29(水)。旅の最終日の朝が来ました。 6:13発の大阪行き特急「はまかぜ2号」に乗車すべく5:50頃鳥取駅の高架ホームに上がりました。 当然?その列車を待つ人影は他になし。なぜなら7:11発の智頭急行線経由京都行き特急「スーパーはくと2号」を利用すれば、1時間寝坊できる上に僕らの下車する姫路には28分、大阪には41分も速く到着するからです。 それでも僕は播但線が未乗であるのと、昨日に引き続き山陰の海岸美を楽しみたいため「はまかぜ」を選択しました(許せ息子よ)。 |
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6:01発の浜坂行き普通列車が1番線に入線しました。 (カメラが傾いています。あしからず。) |
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浜坂行きが乗客の無いまま発車し、続いて「はまかぜ2号」が7両編成で入線しました。 | ||||
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そして列車は定刻に、まだ夜明け前の山陰路へと踏み出しました。乗客は僕らを含め、わずか3名でした。 | ||||
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最初の停車駅岩美で、先ほど見た浜坂行きを早くも追い越しました。 | ||||
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6:30を回りようやく外が明るくなってきました。 入江の集落を見下ろしながら餘部鉄橋を通過。そして香住では夜を徹して走り続けてきた出雲市行き寝台特急「出雲」と交換。牽引機は昨夜僕らもお世話になったDD51の1188号機でした。 ※「出雲」側から撮影した「はまかぜ2号」との交換の瞬間です。 ’97年8月10日「出雲3号」乗車時 (鎧 1.65MB 19秒) ’06年1月15日「出雲号」乗車時 (「出雲」遅延のため竹野 1.95MB 1分09秒) |
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「但馬の願い 山陰本線電化」の看板を掲げる竹野あたりで、ついに海岸ともお別れです。 そして次の城崎からは架線の下、満々と水を湛える円山川に沿って走りました。 |
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閑散としていた車内が城崎、豊岡と停車するうちにやや活気付き、このあと江原、八鹿でも乗車がありました。これなら「播但連絡特急」の面目躍如です。 | ||||
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3分間停車の和田山を出ると山陰本線に別れを告げ、播但線に入りました。 | ||||
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僕が時刻表に心酔し始めた頃「はまかぜ」はこの線内ノンストップでした。多分に補完列車の急行「但馬」との格差を付けるためだったと思われます。今「但馬」なきあと、その使命も兼ねるため3駅に停車します。 その最初の停車駅生野付近から峠の勾配に差し掛かりました。 遠い昔蒸気機関車が奮闘しただろうこの道を、キハ181系は苦もなく快走。分水界を越えても今日は「山陰」と「山陽」に天候の差はありませんでした。 |
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天候ではなく寺前から電化区間に入ったことで「陽」に来たことを実感。赤紫色の103系が活躍する区間です。 | ||||
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右側に姫路城が姿を現した頃、新幹線に乗り換えやすいよう前寄りの指定席車に移動しました。 すると、席が埋まっていたのは自由席のみで、こちらはガラガラだったことが判明・・・ちょっと残念。 列車は定刻9:15に、姫路駅の播但線専用ホーム(頭端式)に到着しました。 |
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